アラフォー女性におすすめの格安ファッション通販サイト

家の近くに自分の気に入るファッションショップが無い、とか子育てや仕事が忙しくてなかなかゆっくりと買い物に行けない、とかそういった事情で通販で服を買ってみたいと思っているアラフォー女性はいますか?
そんなアラフォー女性向けの格安ファッション通販サイトについて書きます。

格安ファッション通販サイトと聞くと10代~20代の学生向けのファッションショップをイメージするかもしれませんが、意外に30代~50代くらいの大人女性向けの格安ファッション通販サイトというのもあります。

その一つがsoulberry(ソウルベリー)というお店です。
このショップは年齢を問わずに着用できる可愛い服をたくさん扱っています。
おそらくメインの客層は30代以上の大人女性だと思います。
なぜ大人女性に特に人気があるのかといえば、大人でも着られる「大人可愛い服」をたくさん扱っているからだと思います。
ソウルベリーの服は基本的にはナチュラルファッション×カジュアルファッションなのですが、部分的にレースや花柄といったガーリーな要素が入っていて、このガーリー感の配分が大人女性にちょうどいい感じになっていると思います。
あまり甘くなりすぎると子供っぽく見えてしまい、大人女性が着るには抵抗が出てきてしまうと思うのですが、ソウルベリーはこの甘さ加減が絶妙だと思います。
大きめサイズも豊富に扱っているというのもポイントです。

ソウルベリーとは違った都会的でかっこいい感じの服を安く買うならtitivate(ティティベイト)がおすすめです。
モード系にガーリー感がプラスされた感じの服が多く、大人女性向けのショップだと思います。
個人的にモード系は高級ブランドが多いイメージがあるのですが、ティティベイトはプチプラブランドに分類される格安ショップです。
ショップのサイト内には販売商品を使ったコーディーネート例が豊富に掲載されていますが、このコーディネート例がファッション的に幅広くておしゃれでとても参考になると思います。
ジーンズにブラウスというようなカジュアルなシンプルスタイルにも対応できるショップです。

アラフォー女性向けの格安ファッション通販サイトはこの二つ以外にもまだまだいろいろとありますので、もっと知りたい人は下記サイトを参考にしてください。
アラフォーファッション通販

東京駅から徒歩で行ける女性向け格安ホテル

出張、観光、就職活動、スポーツ観戦などで東京に来る人、その中でも東京駅付近に格安で宿を取りたいと考えている女性に向けて書こうと思います。
まず、東京駅付近に宿をとるのはとてもいいと思います。
というのも、東京の都心部は電車の路線が本当に多く乗り換えもややこしいので、一度迷ってしまうと目的の駅に戻るのが大変です。
しかし大規模な東京駅であれば多くの路線の電車が止まりますので、迷ったときにも戻ってきやすいです。

東京駅付近には高級ホテルと格安ホテルの両方があります。
東京駅から徒歩圏内で格安で宿泊できるホテルといえば【相鉄フレッサイン東京京橋】があります。
ホテルのすぐ横にはコンビニもあってちょっとした買い物にも便利です。
東京駅からは徒歩で10分かかりません。
そしてこのホテルでは「女性限定のレディース宿泊プラン」が選べる場合があります。
この宿泊プランはどこで予約するかによってメニューが変わってくるのですが、【じゃらん】という宿泊予約サイトだとプランが豊富にあって「女性限定のレディース宿泊プラン」も選べます。
このプランだとアメニティがもらえるみたいですね。
宿泊客が持っているカードキーが無いとエレベーターが動かないようになっていて、部外者が勝手にエレベーターを動かせないというセキュリティ面の配慮もされています。
じゃらんでの評判もなかなか良いので東京駅周辺で安く泊まるにはおすすめのホテルです。

さらに安く泊まるにはカプセルホテルという手もあります。
カプセルホテルは寝るスペースだけを提供している簡易型のホテルです。
カプセルホテルはカプセル内には法令により鍵がかけられず、男女が同じフロアのホテルもあり、そういった部分で抵抗がある女性もいると思います。
しかし東京駅から徒歩7分のところにある「東京日本橋BAY HOTEL」というカプセルホテルでは男女がフロアで完全に分かれています。
つまり女性は女性専用のフロアに宿泊するということです。
フロア内にはラウンジがあり、就寝時以外にはそこで過ごすことができて食事などもできます。
東京駅から徒歩数分という好立地でありながら、かなり安く泊まれます。

参考サイト:東京駅周辺 女性 格安ホテル

ヘーゼル系のカラコンはハーフ系メイクにも合う

ハーフ系のメイクをするときにカラコンを使う人も少なくないと思いますが、ハーフ系メイクにはどんなカラコンが合うのでしょうか?
ハーフ系カラコンの定番カラーといえばグレーとヘーゼルだと思います。
今回はそのヘーゼルカラコンについて書きます。

たしかにヘーゼルカラコンはハーフ系の定番カラーですが、当然ヘーゼルにもいろいろな種類があります。
ヘーゼルの中でも特にハーフ系に向いているのは3トーンの色づけがされているカラコンです。
時々カラコンで「3トーンのグラデーション」という言葉を聞くと思いますが、3つの色が重なった着色になっているカラコンをそうゆう風に表現します。
なぜ3トーンが重なったカラコンがハーフ目っぽく見えるのかというとそれは「ひまわり模様」のおかげです。
3トーンが重なったカラコンを目に装着するとひまわりの花のような模様が目に現れるのですが、そのひまわり模様の瞳がハーフ目っぽく見えるのです。
これはヘーゼルだけではなくグレーなどでも同じです。
ハーフ系には3トーンのグラデーションになっているカラコンを選んでください。

関連サイト:ハーフ系メイクにもピッタリなヘーゼルカラコン

もう少しヘーゼルカラコンについて書こうと思いますが、ナチュラル感の高いヘーゼルカラコンというのもあります。
まだカラコンを使ったことが無いカラコン初心者の人や、周りにばれずにカラコンを付けたいという人におすすめのカラコンです。
ズバリそれは「プティア エルムヘーゼル」です。
なぜナチュラルに見えるのかというと、フチの着色がぼやけたようになっているからです。
フチがくっきりとしたカラコンに比べてフチがぼやけたカラコンは、カラコンを付けていることに気付かれにくいです。
エルムヘーゼルという名前ですが実際の色味はブラウンに近いと思います。
興味があったらチェックしてみてください。

渡辺温 3

 Y君が片恋をした。
 相手は比の頃、ベルクナルにも劣るまいと評判の高い活動写真の悲劇女優である。
 それに引きかえてY君は、第三十騎兵連隊勤務の一等安手の下士官の身分に過ぎないのだから、この恋に到底望みのなさそうなことを杞虞する程の己惚れさえも持ち合わせない。はじめは当り前のファンで、週末の休み日毎に、たとい二度三度見直す同じ狂言であろうとも、きまって彼女の出る映画ばかりを漁っている中に、だんだん彼女の何時も深い愁しみに隈どられた面輪が、頭の中のスクリインに大写しのようにいっぱいに映ったまま消えなくなったのである。
 こんな身の程を弁えぬ恋をしてしまったことは、容易ならぬ不幸せだ――とY君は考えた。一生、ひそかに恋わたっているだけのことで、それでもいいのだろうか?
 だが、それ以上、Y君にはどう思案するすべもなかった。
 さて、偶、或る休み日に、彼女の映画が市内の何処の活動小屋にも掛っていなかったのである。そこで、Y君は諦めがたく、夕景頃から、彼女の住居のあたりを散歩してみたい気持に誘われた。Y君は、俳優名鑑に依って、夙に彼女の身元位は諳んじていたのだから。

『あら、同じ食べものを誂えたからって、まさか狙ったとも云えなくってよ。お母さんと来たら、随分苦労性ね。大丈夫。あたし、お母さんなんかに些とも心配かけやしないわ。』
 娘は何時になくはしゃいだ調子で答えた。
 次の日、出勤の折、会社の扉口の前で智子は再び青年と出遇した。青年は、恰度廊下を隔てて筋向いになっている自動車会社の事務所から姿をあらわしたところだったが、彼女と顔を見合わせると、周章てて眼を外らせて、まるで慍ったような硬い表情を浮べながら、玄関の方へ歩み去った。
 智子が考えてみるのに、その青年は前から其処の自動車会社に勤めていて、これ迄も幾度かお互に顔を合わせながら、どんな男の社員たちにも殆ど関心をもたなかった彼女だったので、つい見過ごしていたのかも知れなかった。
 その後、彼女は屡彼の姿を気にとめて見かけるようになった。そしてやがて、彼がその自動車会社の技師で浅原礼介と云う名であることや、またこの頃自動車の発動機に就いて、何か新発明を完成させて、相当嘱望されていることなどを知った。

 父親は病気になりました。あんまり年をとり過ぎているので再び快くなりませんでした。父親は自分の一生がもうおしまいになってしまったことを覚って、二人の息子を――即ちイワンの兄とイワンとを枕元へ呼び寄せて遺言しました。
 先ず兄に云いました。
『お前は賢い息子だから、私はちっとも心配にならない。この家も畑もお金も、財産はすべてお前に譲ります。その代り、お前は、イワンがお前と一緒にいる限り、私に代って必ず親切に面倒をみてやって貰い度い。』
 それからさて父親は小さな銀製の箱を寝床の下から取り出しながら、イワンの方を向いてこう云いました。
『イワン。お前は兄さんと引きかえて、まことに我が子ながら呆れ返る程の馬鹿で困る。お前には、畑やお金なぞをいくら分けてやったところで、どうせ直ぐに他人の手に渡してしまうに違いない。そこで私は、お前にこの銀の小箱をたった一つ遺してゆこうと考えた。この小箱の中に、私はお前の行末を蔵って置いた。お前が、万一兄さんと別れたりしてどうにもならない難儀な目に会った時には、この蓋を開けるがいい。そうすれば、お前はこの中にお前の生涯安楽にして食べるに困らないだけのものを見出すことが出来るだろう。だが、その時迄は、どんな事があってもかまえて開けてみてはならない。さあ、此処に鍵があるから誰にも盗まれぬように大切に肌身につけて置きなさい。……』

渡辺温 2

 その年の春、智子は女学校の高等科を卒業して、結婚を急ぐ程でもなし、遊んでいるのも冗だったので、小遣い取りに街の或る商事会社へ勤めた。
 朝霧の中に咲いた花のような姿が、多くの男たちの目を惹いたのは云う迄もなかった。智子は、併し、賢い考え深い生まれつきだったので、何時も上手に身を慎しむことが出来た。
 さて、夏の始めだった。――
 智子は、或る日、事務所と同じ建物の地下室にある食堂へ昼食をとりに降りた。其処は何時でも混んでいるので、大てい外へ出て食事をする習慣だったが、その日は仕事が忙がしくてそんな余裕がなかった。
 やっと隅っこの方に、たった一つ空いた卓子を見つけて、リバアのサンドイッチと玉蜀黍のシチュとを誂えた。ところが、サンドイッチを半分も食べない中に、同じ卓子に彼女と差し向いに、更に一人の客が席をしめた。
『リバアのサンドイッチと玉蜀黍のシチュ。大急ぎで!――』とその客が給仕に命じた。

 夏が近く、日暮に間もない空が、ライラック色と薔薇花とのだんだらに染まって見えた。隣の邸の周囲には背の低い立木が隙間もなく若葉を繁らせて、その上から屋根がほんの僅かと三本の煙突とがのぞかれた。煙突はもう大分古くなって煤けていた。併し、この頃の季節に朝や夕方煙を出すのは矢張り両側の二本だけであった。
 彼女はその年になってもなお真中の小さい煙突を哀れに思うことをやめなかった。
(あたしの赤い煙突。なぜ煙を吐かないの?……お父さまとお母さまとの煙突はあんなにどっさり煙を吐いているのに……可哀相なあたしの赤い煙突!)
 尤も最早赤い煙突ではなかった。赤かった色は醜い岱赭色に変っていた。
 その時ふと隣の邸の中から唄声が聞えて来た。

 頃日読みさしのアナトール・フランスの小説の中にこんな話が出ていた。
 魔女の術をもってしても、なお斯の如きままならぬためしがある。
 だが、たとえば、アメリカの機械靴の左右を合わせるのに、ほんの寸法だけで左足の堆積と右足の堆積とから手当り次第に掴み取りして似合の一対とするように、人間が肢を八本もっていたアンドロギュノスの往古に復り度い本能からばかりならば、幾千万の男と幾千万の女との適偶性もまた幾千万と云わなければならない。思うに天のアフロバイテを讃える恋の勝負は造化主の意思の外にあるのであろう。神さまは、ただ十文半の黄皮の短靴の左足は十文半の黄皮の短靴の右足こそ応わしけれ、と思し召すだけに違いない。
 男と女。男と女。――たった二種類しかない人間が、何故せつない恋に身を焦がしたりしなければならぬのであろうか?

渡辺温

 居留地女の間では

 その晩、私は隣室のアレキサンダー君に案内されて、始めて横浜へ遊びに出かけた。
 アレキサンダー君は、そんな遊び場所に就いてなら、日本人の私なんぞよりも、遙かに詳かに心得ていた。
 アレキサンダー君は、その自ら名告るところに依れば、旧露国帝室付舞踏師で、革命後上海から日本へ渡って来たのだが、踊を以て生業とすることが出来なくなって、今では銀座裏の、西洋料理店某でセロを弾いていると云う、つまり街頭で、よく見かける羅紗売りより僅かばかり上等な類のコーカサス人である。
 それでも、遉にコーカサス生れの故か、髪も眼も真黒で却々眉目秀麗な男だったので、貧乏なのにも拘らず、居留地女の間では、格別可愛がられているらしい。
 ――アレキサンダー君は、露西亜語の他に、拙い日本語と、同じ位拙い英語とを喋ることが出来る。
 桜木町の駅に降りたのが、かれこれ九時時分だったので、私達は、先ず暗い波止場の方を廻って、山下町の支那街へ行った。

 彼女は七つの秋、扁桃腺炎を患って二階の窓の傍に寝かされた時、はじめてその不思議を発見した。
 秋晴れの青空の中に隣の西洋館の屋根の煙出しが並んで三本あった。両側の二本は黒く真中のは赤い色をしていた。そしてその赤い色の一本はずっと小さくて何処か赤い沓下をはいた子供の脛のような形であった。彼女にはまるでその様子が父親と母親との間に挾まった自分であるかのように見えた。けれども、おかしいことにも、彼女は毎日々々寝床の中から殆どそれらの煙突ばかりを見ていたのだが、赤い色のはついぞ一度も煙を吐かなかった。……彼女は感動しやすい子供だったので、その小さな煙突をひどく可哀相に思って、しまいには泪を浮かべて眺めた。
(――あたしの赤い煙突は屹度病気なんだわ……)と彼女は思った。

 母一人娘一人の暮しであった。
 生活には事かかない程のものを持っているので、母は一人で娘を慈しみ育てた。娘も母親のありあまる愛情に堪能していた。
 それでも、娘はだんだん大人になると、自分の幼い最初の記憶にさえ影をとどめずに世を去った父親のことをいろいろ想像する折があった。
『智子のお父さんは、こんなに立派な方だったのだよ――』
 母親は古い写真を見せてくれた。
 額の広い、目鼻立ちの秀でた若者の姿が、黄いろく色褪めて写っていた。
『ほんとに、随分きれいだったのねえ。――お母さん、幸せだったでしょう?』
『そりゃあ、その当座はね――』
『思い出して、愁しくなること、あって?』
『死んでから、もう二十年近くにもなるんだもの。それに、この写真みたいに若い人じゃ、まるで自分の息子のような気がしてね。……』